怖い話「豹変」

雨の強い夜でした。
電車が止まり、私はタクシーを拾わなければなりませんでした。
駅前のロータリーで数十分待ち、ようやく私の順番がきました。
それは、個人タクシーでした。

運転手さんは高齢で、実によく喋る人で、話題があちこち飛びました。
雨で道が冠水した話、スポーツの話、この近所で火事があった話、雨で道が冠水した話、個人で車内設備に莫大な費用をかけている話、大雨で道路が冠水している話、冠水の話...

時刻は、ちょうど丑三つ刻を過ぎた頃でしょうか。
突然、運転手さんが大声をあげました。

「見てください!フロントガラスが!ね!雨で前が見えやせんですよ!」

確かに、激しい雨でした。
フロントガラスを叩く雨粒の音が、車内に響き渡っていました。
運転手さんは続けます。

「こりゃあもう、スピード出したら、事故を起こしますわいね!」

私は疲れていたので、「本当ですね」と返事をするのがやっとでした。
それでも、運転手さんはお構いなしに喋り続けています。

「川が、ほれ!見てください!溢れ出してますわ!」
「あのトラックは、あがぁにスピード出しとってからに、大丈夫かいの!」
「お兄さん、ほれ、ワイパーが追っつかんですよ!」

私は、少し面倒くさくなって、返事もしなくなりました。
しかし、雨の勢いがさらに増し、運転手さんの、

「こりゃー、まぁ!どしたんかいの!見てください、これ!フロントガラスが、まるっきり見えんようになりましたよ!これ!」

という言葉に、さすがに不安になった私は、後部座席から少し体を前に乗り出しました。

その瞬間、信じられないほど大きな声量で、運転手さんはこう叫んだのです。

「あんた後ろが見えまぁが!!」